山地民の生活と阿片との関係

  かつてケシ(阿片の原料となる植物)栽培は彼らの唯一の現金収入であり、民族衣装に使われる銀や美しいビーズなどを他の人々と交換する手段でした。それに阿片を他国に売ることが外貨獲得にもつながるため、タイ政府が山地民のケシ栽培を奨励していたのも事実です。
  しかし、第2次世界大戦後辺りから、次第にタイが阿片供給国として国際的非難をあびるようになりました。国の発展のために各国と外交を結ばなければいけない政府は、この非難を抑えるためにケシ栽培を禁止しました。それからというもの、山地民の村も厳しい取り締まりをうけ、逮捕者も続出しています。しかし、ケシは他の作物と比べるとはるかに効率の良い現金収入の手段であるのが現状です。ケシ栽培の現金収入の多さは山地民の換金作物と比べるとかなり高額で、1ライ(約1600平方メートル)あたりの粗収益が大豆1400バーツ、とうもろこし1200バーツなのをはるかに上回る5000~6000バーツで取引されます。

  タイ経済の急速な発展と近代化の流れの中で、山地民の村にも貨幣経済や物質文明の波が押し寄せています。都会での新しい生活への誘惑から村の若い人々は現金収入を求め、労働者としてバンコクやチェンマイといった都会に流れていきます。しかし、彼らは十分なタイ語やタイ文化の教育を受けていないということ、山地民であること、タイ社会の中でマイノリティーであるということで、不当な差別を受けてしまいます。また、タイ国籍を持たない場合が多いので低賃金で苛酷な労働に甘んじねばならないのです。そこで、村人たちは短時間で現金を得られる麻薬や覚せい剤の売買に手を染めてしまいます。すでにタイの中でケシ栽培ができない今、村人が売人になっているのです。村人にとって麻薬の売買というものが非常に高額なお金を簡単に手に入れられる魅力的な手段に見えてしまいます。実際、チェンライでの日雇い労働者の収入が1日150~200バーツなのに比べ、麻薬や覚せい剤等の薬物売買は10万バーツ以上もの現金を一度に稼げる場合があります。これらについての教育を受けず、十分な知識のない彼らは、知らず知らずのうちに危険な犯罪組織に巻き込まれ、ときに命の危険をも伴うことがあります。それに彼ら自身が自ら薬物を使用し、中毒に陥ってしまうこともあるのです。
タイの法律では薬物の使用は重罪です。山地民の村には、薬物の乱用や売買により、親類が刑務所に収容されているケースや、警察との打ち合いになり親を亡くした子どもが孤児になるケースがたくさんあります。

  生活環境がめまぐるしく変化する中で、村は過疎化が進み、共同体意識は衰退し、農業に期待が持てなくなった男たちはしだいに阿片や、アンフェタミンを含んだ覚せい剤などに手を出すようになります。村の中でも薬物中毒者や覚せい剤の売買による逮捕者が急増しています。現在山地民の高齢者の中には、阿片の吸引を習慣化している人が多数います。阿片吸引は勿論違法行為ではあるのですが、高齢で長期の中毒者は急にやめることができないため、老人に対しては警察も見てみぬ振りをしている場合もあります。阿片は医療用モルヒネとしても利用されるように効果的な鎮痛作用があります。実は昔から山地民の間でも吸引したとき深い陶酔感に陥るため、農作業で疲れた体を癒す「安らぎの薬」として重宝されてきました。しかし、常用することで恒常的な無気力感と倦怠感に襲われ、やがては農作業をする意欲や生きてゆくための意欲さえも減退していきます。もし服用をやめれば激しい痙攣や呼吸困難などの禁断症状に見舞われることになります。人々は心身の安定を求めて再び阿片を吸引してしまい、逃れられないという悪循環に陥っているのです。

  ケシ栽培が禁止された今、村人たちは昔のように簡単に阿片を手に入れることができず、高額で買い取る必要があります。しかし、そのようなお金を得ることは特に中毒に陥ってしまった人々には難しく、子どもが町で稼いだわずかばかりのお金を親が麻薬や覚せい剤を得るために使ってしまうということもしばしば起こっています。このような負のサイクルの繰り返しのなかで、親がわずかばかりの借金のかたに現金収入をもとめ、娘を売春宿に売り渡してしまうということもおこっています。そして、帰ってきた娘がエイズに感染しているということも起こりえるのです。そうするとエイズに関する十分な教育を受けておらず、知識のない村人たちにエイズがじわじわと広がって、村全体に蔓延してしまうということにもなってしまいます。

  また、親は子どもに教育を受けさせるよりも、今の経済的貧困を解決するために、子どもたちをお金を稼ぐための労働に従事させてしまいます。子どもたちに必要なのは現金収入のための労働ではなく、これからタイ社会でしっかりと自立して生活していくための教育なのです。しかし、村人たちの意識を改変するのはむずかしく、現在の生活が重要であることもたしかであり、山地民の小さな子どもたちが町で夜遅くまで花を売り歩く姿は今でも後を絶ちません。

    このように、阿片は今、山地民の村に労働力の低下だけではおさまらない、様々な新しい問題を巻き起こしています。生活環境の変化を巻き込んだこれらの問題は、とても複雑に絡み合い、解決するのは非常に困難です。法律で阿片などの麻薬を禁止しても、本当の意味での麻薬撲滅にはつながりません。山地民の人々の生活様式や文化を尊重しながらも、タイ社会で生活できるように十分な教育を受けさせ、その中で彼らの意識を変えさせていくことが、阿片を本当の意味で確実になくすためには必要なのです。